鹿の王

鹿の王 (上) ‐‐生き残った者‐‐世界レベルのファンタジーを書き続ける上橋菜穂子が、医療問題を取り入れた新しいファンタジーを作り上げた。
彼女は政治、宗教、習俗を緻密に構築するファンタジーを得意としていたが、医療の要素を取り入れることで、科学的な雰囲気を持つファンタジーに挑戦している。
テロリストが生物兵器を使うのだから、SFのようでもある。
医療の持つ暗部も見逃さないところも凄いと思う。

他国の侵略に負け、鉱山で奴隷のように働かされていたヴァンは、突然現れた狼の群れに襲われ意識を失う。
目覚めたヴァンは、鉱山の中で生き残ったのは自分だけであることを知る。
人々は狼に噛み殺されたわけではなく、病死していたのだ。
ヴァンはもうひとり生き残った赤ん坊を連れて、鉱山を脱出する。
ヴァンは、自分の臭覚が異常に発達していることに気づく。
一方、医術師のホッサルは鉱山の事故を調査するうちに、古代の伝染病が復活したのではないかと疑う。

狼に噛まれた男が、異常な能力を発揮し、狼達と一緒に居る夢を見るあたり狼男モノかと思ったが、そんな単純な話ではなかった。
国策による移民に伴う環境への影響から新しい病気が発生するという、とても現代的な伝染病の脅威が大きなテーマになっている。

大国の侵略により支配された人々の生き方や、支配者が変わっても知識と技術で強い立場を持ち続ける人々、玉砕しても誇りのために反抗する人々などが多様な立場が描かれている。
微妙な力の均衡の中、スパイ小説のような面もあり、移民が環境に与える影響まで扱っている。
ファンタジーの持つ、複雑な問題をシンプルに提示する機能をいかんなく発揮している。
不安を煽ることが力になるという医療の暗部にまで切り込んでいる。
ファンタジーの新しい傑作である。

「オタワル人は、この世に勝ち負けはないと思っているのよ。食われるのであれば、巧く食われればよい。食われた物が、食った者の身体となるのだから」

「正直に申し上げれば、東乎瑠帝国の属領になっていること自体は、軍事的にも経済的にもありがたいことではあるのです。彼らに叛旗を翻すような気もちは毛頭ありません。」

「だから、病素が脳を操作している・・・と言えるかどうかは、まだきちんと解明されてはいないけど、さほど的外れでもないはずだよ。咳や、くしゃみに乗って、風邪の病素が他者に移っていくように、我々の身体が自然に持っている、病素を身体の外に出そうとする機能が、結果的に彼らの増殖をたすけているということもあるわけだから。」

死にたくない、死なせたくないーたしかに、その思いこそが、オタワルの医術師にとっては大きな武器となる。

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