もうすぐ死んでしまうのではないか、というくらい気合いの入った隊長の元、山バカ2と私は、谷川岳でフリークライミングをすることになった。
事前に2回集まって打合せを行ない、隊長からのメールを参考に装備の充実を計った。
40Lのザックを新調し、カラビナとATC、スリングとデイジーチェーンを購入した。
当日は15時に山バカ2をふじみ野駅で拾い、群馬県の隊長宅には17時に到着した。
水上に到着すると、まずは温泉。
露天風呂付きだが500円と、なかなかリーズナブルな「湯テルメ・谷川」で汗を流す。
次に地元のスーパーで朝食と行動食、今晩の寝酒を仕入、夕食を食べる場所を探す。
水上の町はシーズンオフらしく、レストランもあまり開いていない。
最初に入った店は高過ぎるのですぐに逃げ出し、駅前の店は全て閉まっていたので、コインランドリーに併設された中華屋に入った。
私は御飯も食べたかったが谷川ラーメンも気になったので、チャーハンセットのラーメンを谷川ラーメンに換えて貰った(1,100円)。
谷川ラーメンは山菜やきのこの入ったラーメンなのだが、それよりもまず量の多さに驚く。
普通のラーメンとは器が違う。
また、具も多く、ラーメンというより鍋を1人で食べる感じである。
やはり食べきれず、残りは山バカ2のものとなった。
一ノ倉沢出合の駐車場に車を入れ、テントを張って、出発の準備をする。
我々以外には、まだ車は1台しかいない。
ライトを消すと、本当に真っ暗である。
曇っていなければ、さぞかし星が奇麗だったろう。
翌朝は4時出発予定なので、10時くらいには、軽く酒を飲んでとっとと寝た。
夜中に雨が強くなったので、起きたら撤退かな、と思いながら熟睡した。
一度は3時過ぎに起きたのだが、また眠ってしまい、結局活動を開始したのは予定より1時間遅れの4時だった。
雨は降っていないが、霧が濃い。
朝食の弁当を食べて、歩き始める。
駐車場から離れるとすぐに雪渓である。
この季節は雪渓が残っているので、近道が出来ていいらしい。
しかし、雪の上を歩くのもなかなか難しい。
足を置く場所を選ばないと、滑ってしまう。
少し道に迷いながらも、一つ目の岩場であるテールリッジに到着する。
我々の前を歩いていた6人くらいのパーティーが、登るのに苦労していた。
確かに岩が濡れているので滑り易い上に、クライミングシューズではなくトレッキングシューズを履いているので、うまく岩に足が引っかからない。
なんとか入り口の壁を突破し、それからはひたすら登る。
私の似非トレッキングシューズは、安物だけあってよく滑る。
何でもないところでも滑ってしまい、3回は死にそうになる。
一度は、岩に両手をまわして這いつくばり、何とか落下を止めることが出来た。
私は本来高いところは怖くないのだが、靴が信用出来ないため不安になり、ムダな力が入ったためいつもより体力を消耗する。
霧で周りが見えないので恐怖感はないが、多分落ちたらただで済まなそうな山道を、滑る石を避けながらひたすら登る。
ちゃんと地図を見てコースを予習しなかったので、全体の距離感が掴めず、人生の終わりまで歩き続けなければならないような錯覚に陥る。
スタートが遅れたのもあって、かなり予定より遅く、メインのポイントである南陵のテラスに到着した。
ところが、先ほどテールリッジで会ったパーティーが攻略に戸惑っており、ドクターと呼ばれるリーダー(本当に医者だった)が負傷したため、テラスで順番を待つことになる。
ヘルメットを被り、クライミング用シューズに履き替え、ロープを出して順番を待つ。
我々のパーティーは3人のうち2人は全くの素人だから、ひとつのピッチを越えるだけでも恐ろしく時間がかかる可能性が高い。
後から来た玄人っぽい2つのパーティーに先を譲ったので、またも時間がかかってしまった。
向かい側の垂直な壁を登っている人たちもいた。
映画などで見るロッククライミングの風景である。
メンバーの中には女性もいるのが驚きである。
一体、何が彼らを駆り立てているのかと思うが、一般の人から見れば、我々も五十歩百歩なのだろう。
ドクターが怪我をした1ピッチ目の最後は、岩がヌルヌルしており、とても難しそうなので、その前まででピッチを切ることにした。
そこまでは割と簡単に登ることが出来た。
ロープがある分、むしろ安心なくらいだった。
しかし、その先はかなり力が必要らしく、更に続くピッチもレベルが高いようだった。
予定では南陵の終了点を越えて、一般登山道を使って帰る予定だったが、ここに着くまでに時間がかかり過ぎたので、予定のルートを使うと帰りが夜になってしまう。
ここで勇気ある撤退の決断をする。
帰りは懸垂下降(ラペル)で降りることが多かった。
これは、レスキュー隊が壁を降りるように、ロープを使った自分の体重で降りて行く方法である。
この方法だと、速いし、楽しい。
霧が晴れて来ると、よくこんなところを登ったものだ、と思うくらい急な山道である。
また、私の靴が全然信用出来ないので、いつになく慎重になり、普通に降りていたらどれくらい時間がかかるか考えたくもない。
鳥が羨ましくなった。
ラペルを駆使して、雪渓まで到着すると、靴にアイゼンを着けて雪渓を下った。
14時くらいには駐車場に到着、近くのドライブインでカレーライスを食べて、隊長の家のそばでトンカツを食べて帰った。
普通の人が見れない断崖の風景を見ることが出来たが、日常ではないくらい死が身近に感じられる経験だった。
高速道路で目をつぶると、断崖で足場のない幻想を見ることになった。
谷川岳のフリークライミングは、我々にはまだレベルが高過ぎた。
次回は、安全で楽しい登山を希望する。
人間は、少しずつ成長するものである。