暴走する脳科学

暴走する脳科学~哲学・倫理学からの批判的検討~ (光文社新書)fMRI等による脳内活動の計測機器の発展と、ディープラーニングなどのAI技術によって、脳科学は猛烈に進化している。
また、ゲノム解析終了後、次のフロンティアとして、各国は脳科学の研究に多くの予算を設定している。
このような現状で、本書は、脳科学について、哲学の立場から検討している。

哲学の立場から脳科学を考察するという面白いスタンスの本である。
哲学というと過去の思想の研究が中心と思いがちだが、この本では、最新の脳科学の研究をフォローし、考察している。

「第一章 脳の時代と哲学」では、脳研究の教育や司法への安易な利用を問題視している。
「第二章 脳と拡張した心」では、脳と心の関係について、心の在り処についての思想の歴史を解説し、脳だけでなく、体全体を含めた全体として「心」は存在する、という現代の理論を紹介している。
「第三章 マインド・リーディングは可能か」では、fMRIを使った思考の読み取り実験とその課題がテーマである。
「第四章 社会的存在としての心」では、人間個人だけではなく、その人が属する社会も含めて「心」を構成している、という説を紹介している。
「第五章 脳研究は自由意志を否定するか」では、昨今話題の、人間は身体を動かすと決意する前に、身体を動かす準備をする脳の部分が活性化されることから、人間には自由意志がない可能性を示唆する実験を中心に、自由意志について考察している。
「第六章 脳神経倫理」では、脳研究のあるべき倫理的側面について提案している。

脳の研究は人間の本質に迫る研究であり、社会的なインパクと大きい。
政治的な利用さえる恐れもあることから、哲学的考察や研究者の倫理のガイドラインは必要だと思う。

脳科学者のダマシオも、この思考実験を『生存する脳――心と脳と身体の神秘』のなかでとりあげて、環境と相互作用する身体をもたなければ、脳は正常に作動しないはずだとパトナムと同じ結論を出している。身体と脳の循環的な刺激関係が、「生きているという感覚の基盤」を構成するのである。

だが、人間の心とは、コンピュータ・モジュールのような機械ではなく、生物的な構造をしているはずである。つまり、人間の心は、植物の根や枝のように、成長することがすなわち分岐することであり、最初から確定的な数の機能によって構成されているのではない、と考えられないだろうか。

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