風牙

人間の心の中に侵入し、問題を解決する。
よくあるテーマではあるが、この作品は背景となる科学的設定が面白い。
能力ゆえの主人公の弱さを含め、私の趣味に合う設定だった。

人間の記憶をデータ化し、それを他人が体験する事業を立ち上げた企業が舞台である。
しかし、人間の脳の構造はそれぞれ異なるため、簡単にマッピング出来ない。
そこで、他人に過度に共感する過剰共感者が記憶を翻訳、汎用化し、誰でも経験できるサービスに仕上げる。
過剰共感者は、他人に共感しすぎるため、酷いときは自分と他人の区別がつかなくなり、日常生活もおぼつかない。
人の感情の洪水に悩まされるのは、クローネンバーグの「スキャナーズ」を想わせる。
そんな彼らを、この事業では大切な才能として育てている。

サービスのリリースを目前にして、ガンを宣告された創業者の意識が戻らなくなった。
創業者に見出された過剰共感者の女の子が、意識が戻らない原因を探るため、彼の記憶に侵入する。
彼が帰ってこなかった理由は・・・
解説によると、この作品は、日本最高の犬SFらしい。

本書は、舞台を同じくする以下の短編で構成された連作短編集である。

・風牙
・閉鎖回廊
・みなもとに還る
・虚ろの座

もし共感ジャマーがなければ、過剰共感能力者は自分が感じている喜びや悲しみが本当に自分のものなのか、あるいは他者の感情を自分のものと捉えてしまっているのかの判断すら困難になってしまう。それは彼らにとって、混じり合った真水と塩水を見分けるような作業に等しい。

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